2010年09月09日

『パパの電話を待ちながら』 ジャンニ・ロダーリ

ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』(内田洋子訳、講談社)を
読み終えた。

ロダーリの本は、光文社古典新訳文庫の『猫とともに去りぬ』以来、2冊目。
『猫とともに〜』でも「すごい!」と感銘を受けたが、童話というか、
より児童文学色の強いこの本でも、やはり、うならされた。

子どものための本であることは間違いない。でも「子どものためだから」
などと、加減をすることなく、ロダーリ節が満開なのだ。

いわゆる「昔話」や寓話風のスタイルのものもあるが、
全く違った色彩のものも多い。
シュールでナンセンスな、ショートショート風のものもあれば、
シニカルでちょっぴり政治色の感じられる(といっても為政者を
風刺したり、平和の尊さを説いたり、といったようなものなのだが)
ものもある。とにかく、豊かなイマジネーションを羽ばたかせた、
自由な発想に遊ぶ作品もある。

子どもだから分からないだろうなどと見くびったりせず、真剣勝負、
なのだ。それゆえ、大人にも、十分楽しめる作品群となっている。

でもやっぱり、子どもの時(少なくとも、もう少し若い時…)の、
みずみずしい感性が残っていたときに、こういう本と出会いたかったなあ、
と、つくづく思う。
そしたらちょっぴり、人間形成にも影響を受けていたのではないかな、
と思うのだ。

ともあれ、とても楽しめた。やはりロダーリはすごい!と思う。
(2009/12/27)
posted by うたたねねこ at 05:12| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』 カズオ・イシグロ


最近は、『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』
(カズオ・イシグロ、早川書房)を電車などで読んでいる。

ほんの少しずつだから、まだ最初の短篇、「老歌手」の途中
なのだけれど、やはりうまいなあ、とうならされる。
読んでいる間は、夜のヴェネツィアの空気やざわめき、水の音などが
たちまち立ち現れ、物語の世界にすっかり入り込んでしまう。
もの哀しく、少し謎めいていて、秋の読書にぴったり。
(2009/10/07)

*     *     *     *     *

カズオ・イシグロ『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』
(土屋政雄訳、早川書房)を読み終えた。

著者の初めての短篇集ということで、どんなだろう?と興味を
もって読み始めたのだけれど、とてもよかった。

これまでの長篇と同じような、ー登場人物の言葉を文字通りに
受け取れないような、なんとなく信用できない感じーなど、
イシグロ作品の特徴を持ちつつ、短篇ということで、短い中に
エッセンスがよりぎゅっと詰まっている。それぞれ違った舞台、
雰囲気をもった作品ではあるものの、ともに「音楽」という共通の
モチーフでつながっていて、連作短篇集としても読める。

5つの短篇には、どれも男女が出てくる。だが、どのカップルも
お互いに純粋に愛しあい、信頼しあっているというような、
甘い関係ではない。

長年の感情のもつれでぎくしゃくしてしまっていたり、表面的には
うまく行っているように見えてもじつは危ういバランスの上に
成り立っていたりする関係、愛しているのにこれから別れようと
している夫婦…などなど。どの短篇にも、一癖も二癖もありそうな、
個性的な人物が登場する。

ともすれば、グロテスクで滑稽になってしまいそうな、男女たちの
複雑な感情の動きを、「音楽」と「夕暮れ」がノスタルジックに、
ほろ苦いファンタジーとしてまとめあげている。

それぞれの短篇は、ストーリーとしてまとまっているという感じでは
なく、それほどドラマチックな展開や結末があるわけでもない。
ときに唐突な感じで終わってしまったりもする。
けれどむしろそのおかげで、不思議な味わいがあり、より深い余韻を
楽しむことができる。

久々に、とても贅沢な読書を楽しむことができた。
(2009/10/15)

posted by うたたねねこ at 05:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イギリス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『やんごとなき読者』 アラン・ベネット



気になっていた、アラン・ベネット『やんごとなき読者』(白水社)を
読み終えた。

タイトルの「やんごとなき読者」というのは、イギリスの
エリザベス女王(2世)のこと。これまで読書に親しんで
こなかった女王が、あるきっかけで移動図書館に足を踏み入れ、
そこから読書にはまっていくーという、フィクションなのだ。

女王がさまざまな本を読めば、知的な感じもしてイメージも
アップするし、さまざまな地方を訪れたりいろんな人と会ったり
する公務にも生かせ、一石二鳥なのではないか…などと、
素人考えでは思うのだが、この小説では、もちろんそうはならない。

公務で顔を合わせる外国の要人や、一般国民たちに、いきなり
本の話題を持ち出してきょとんとされ、話が噛み合わない。
本を読みふける姿を見たお付きの者たちはあからさまに嫌な顔をし、
本を隠したりなど妨害工作さえする。女王自身も、公務が面倒になり、
もっと読書をしていたい…などと考える。

そうしたドタバタ劇がおもしろおかしく、シニカルに描き出されるのは
もちろん、この本で魅力的なのはやはり、読書にはまり込んでいく女王の姿、
そしてそれにともなっての気持ちの変化だ。

これまでは周りの者の気持ちを推し量ったりすることなどほとんど
なかったのに、本を読み、想像力が働くようになるにつれ、
他人の気持ちをおもんぱかるようになる。

この本は、現在の女王を主人公にするというとんでもない設定ながら、
本の素晴らしさ、読書の楽しみという、身分の違いも洋の東西も超えた
人類共通の事柄を描いた、チャーミングなコメディとなっている。

(2009/04/18)
posted by うたたねねこ at 04:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イギリス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『移動祝祭日』ヘミングウェイ



なかなか読書のペースが上がらないが、今、『移動祝祭日』
(ヘミングウェイ/高見浩訳、新潮文庫)などを読んでいる。


『移動祝祭日』は、若き日のヘミングウェイの様子を
うかがい知ることができて、新鮮。

ヘミングウェイというと、なんだか乾いた感じの文章で、
ハードボイルドな男の世界を描いた、というようなイメージがあるが、
この作品では、パリで過ごした20代のころの若き日の思い出話が
つづられていて、これまで抱いていた彼の作品像とはかなり印象が
異なっている。

実際には晩年になって書かれたものなのだが、パリの街で
いろんな人に会い、いろんなことを考え、自分の進むべき道を
模索しているかのような、ごく普通の(といってもやはり普通では
ないのだろうが)若者の姿がある。

今読んでみてももちろん楽しいけれど、自分がもう少し若いときに
読めていたら、なんだかもっと影響や感銘を受けたかもしれないなあ、
などと思ってしまう。
(2009/03/19)

*    *    *    *    *    *



ヘミングウェイ『移動祝祭日』(高見浩訳、新潮文庫)を読み終えた。

晩年のヘミングウェイが、文学修業を積むために過ごしたパリでの
若き日々のことを振り返ってつづった本。

お腹をすかせ、レストランの立ち並ぶ通りを避けて散歩したり、
飲み物1杯だけでカフェで執筆に没頭したり…。
まだヘミングウェイは20歳を少し過ぎたところ。
短篇をいくつか書きながら、いつか素晴らしい作品を書けるように
なりたいという、素朴でひたむきな思いに貫かれている。

ガートルート・スタインやエズラ・パウンド、シルヴィア・ビーチや、
スコットとゼルダのフィッツジェラルド夫妻など、芸術家や文学関係の
人々との交友も詳細に描かれている。

中にはヘミングウェイと合わなかったのか、辛辣に描写される人もいるし、
30年以上の日々を経ているため、知り合った当初は親しく付き合っていた
ものの、後に仲違いしており、そうした苦い思いが反映している場合もある。

しかし、パリに出てきたばかりのヘミングウェイは、これらの人々から
少しでも何かを吸収しようと、付き合いを重ねていたのだろうと思う。

パリでの暮らしも長くなり、8歳上の妻ハドリーとの間に息子バンビが
生まれ、交友関係も広がっていくうちに、ヘミングウェイの生活も少しずつ、
変化していく。

文学上では『日はまた昇る』の完成など、着実に前進していくが、
私生活では自身の不倫、そして結婚の破綻…。悲惨な日々のことは
におわされるだけで、詳細に語られることはないが、相当辛いことも
あっただろう。

後半、ゼルダに振り回されるフィッツジェラルドがなかなか仕事を
進められないでいる様子がつづられているが、その頃、自身の生活にも
影が差していたであろう。その意味で、このあたりはなんだか
二重に哀切に感じられる。

ともあれ、大部分は(特に前半は)、お金はないけれど明るい希望に
満ちた、幸せな日々のスケッチが続き、とても生き生きとした回想録と
なっている。晩年のヘミングウェイにとって、やはりこの時代が、
もっとも思い出に残る、輝かしい日々だったのだろうか。

ヘミングウェイが若いときにどんなことを考えて文学の鍛錬を
積んでいたのか…などを知ることができて、とても興味深かった。
『日はまた昇る』なども、久しぶりに再読してみたくなった。
(2009/04/06)


posted by うたたねねこ at 04:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

9月の読了本

9月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:1012ページ

此処彼処 (新潮文庫)此処彼処 (新潮文庫)
タイトルからも想像できるように、川上さんがこれまで訪れたり、住んでいたりした場所での、いろいろな出来事や心の動きなどをつづったエッセイ集。全体に、なんだかのんびり、ほんわかしていてあたたかいのだけれど、そんな中にもさすがの感受性、観察眼が垣間見られて…。まるで川上さんの書く小説の一場面のように、摩訶不思議なことが起こったりするのも、さすがだな、と思った。
読了日:09月15日 著者:川上 弘美
旅行者の朝食 (文春文庫)旅行者の朝食 (文春文庫)
米原さんにかかると、食に関するエッセイもただ味を論じるものではなく、なんだかとてつもなく歯ごたえのある読み物になる。実際の体験や書物などから得た該博な知識、蘊蓄にうならされた。家族や親戚にまつわるエピソードも印象深かった。
読了日:09月12日 著者:米原 万里
1Q84 BOOK 21Q84 BOOK 2
読み終えて、謎のまま宙に浮いてしまっている部分もあるけれど、これはこれでいいような気もする…。読み手それぞれの解釈にゆだねられている、ということなのかな、と思う。読むたびに違った印象を抱くかもしれないし、もうすこしたったらまた再読してみたい。
読了日:09月06日 著者:村上 春樹

読書メーター
posted by うたたねねこ at 03:49| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

3月の読了本

3月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:1848ページ

食魔 岡本かの子食文学傑作選 (講談社文芸文庫 おF 3)食魔 岡本かの子食文学傑作選 (講談社文芸文庫 おF 3)
生きるために食べるのか、それとも食べるために生きるのか。「家霊」「鮨」「食魔」などといった短篇には、食べ物に見入られてしまったかのような、すごみを感じさせられる人物がたくさん出てくる。パリをはじめとした海外の、当時としては珍しかったであろう料理の話がぎっしり詰まっている、エッセイのほうもとても楽しかった。
読了日:03月30日 著者:岡本 かの子
しあわせのねだん (新潮文庫)しあわせのねだん (新潮文庫)
お金の使い方からその人が見えてくることがある…というのは本当にそうだな、と思った。角田さんの本を読むのは初めてだったのけれど、この本を読んですっかり角田さんに親しみを抱いてしまった。待ち時間にいらつき、まずいラーメンに悪態をつき…でも時折ほろりとさせられる部分もあったりして、楽しく読んだ。
読了日:03月15日 著者:角田 光代
なんとなくな日々 (新潮文庫)なんとなくな日々 (新潮文庫)
ゆるゆるとした日々の、一見なんでもない出来事を描きながらも、さすがの鋭い観察眼、ユニークな発想がうかがえる、楽しいエッセイ集でした。
読了日:03月14日 著者:川上 弘美
ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
頭でっかちでなく、子どものころからの遊びや純粋な好奇心を通じて自然に知識や経験を身につけ、楽しんで物理を研究しているのが分かる。文系人間である自分には物理や数学のことなど、難しい中身のことは全く分からないけれど、いたずら好き、ユーモアたっぷりの語り口には魅了された。
読了日:03月10日 著者:リチャード P. ファインマン
アフター・レインアフター・レイン
平穏な日々を送る人々に忍び寄る影ーそれは夫婦や恋人、家族など人間関係にひびをもたらすような言動であったり、事件であったりするのだがー、それらに直面した人々の心の動きが丁寧に描かれて、さすがトレヴァーとうならされる。しかし訳文にところどころ不自然というか、意味のとりづらい箇所があり(誤植も多かった)、残念だった。
読了日:03月08日 著者:ウィリアム トレヴァー
半日半夜―杉本秀太郎エッセイ集 (講談社文芸文庫)半日半夜―杉本秀太郎エッセイ集 (講談社文芸文庫)
蝶や蟬といった昆虫、庭の草花や宿り木のこと、京都やパリの、街のさざめきと静寂…。五感を研ぎ澄ましてつづられた、さまざまなエッセイを堪能できた。
読了日:03月06日 著者:杉本 秀太郎
ある人生の門出 (ブルックナー・コレクション)ある人生の門出 (ブルックナー・コレクション)
堕落した生活の末、弱っていく両親の面倒を見るため、自分の人生を犠牲にする娘のルース。運命に淡々と従っているように見える彼女の弱さと強さ、孤独に、いろいろと考えさせられた。
読了日:03月03日 著者:アニータ ブルックナー

読書メーター
posted by うたたねねこ at 14:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

『ある人生の門出』 アニータ・ブルックナー

きのうアニータ・ブルックナー『ある人生の門出 』(小野寺健訳、晶文社)を読み終えた。

ブルックナーは、『秋のホテル』(晶文社)を読んで気に入り、何冊か本を買いためていたのだけれど、しばらく奥のほうへしまい込まれていた。 それを、新しく本棚を買ったので少し本を整理していたら、久々に見つけ、読みたくなったのだった。

この『ある人生の門出』は、ブルックナーの自伝的な小説だとのこと。移民の祖母とその息子で古書店を営む父、女優で気ままな母のもと、ロンドンのフラットで育った、一人娘であるルースに、ブルックナーの姿が投影されている。

厳格な祖母に育てられたルースは、祖母の死後も、両親とは違って控えめで生真面目、少し臆病で神経質な少女となった。幼い頃から本を読んで過ごしたため、のちにバルザックの研究に進む。

パリへ留学したり、恋もしたりするが、家が重くのしかかり、結局、なかなか幸せをつかむことができない。

両親は、若い頃は奔放で華やか、自由な生活を送ったが、やがて仕事にも情熱を見いだせず自堕落で無気力な日々を送るようになり、年を取るにつれ衰弱していく。

そんな両親を見放すことができず、結局ルースはパリをあきらめることになる。数々の本で読んだ物語や友人たちとの付き合いによって、ルースにも、自分の人生に対する期待や理想があるのだが、与えられた運命に淡々と従うのだ。

ブルックナーもこうだったのだろうか、と思わせられるような、シリアスで重い“女の一生”だけれど、過去を回想するワイス博士(=ルース)は、じつはまだ40歳そこそこにすぎない。その後の人生にはまだ希望が持てると思うのだけれど、物語は静かな諦念に貫かれている。

投稿日 2009/03/04
posted by うたたねねこ at 15:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イギリス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ユークリッジの商売道』 P.G.ウッドハウス

ユークリッジの商売道』(P・G・ウッドハウス選集4、文藝春秋)を読み終えた。

ただひたすら、楽しんで読めるはずのウッドハウス作品なのに、思いのほか、時間がかかってしまった。

個人的に、ひとつの短篇を読み終えた後、次に行くまでに少し間をあけたいということもあるけれど、それ以前に、このシリーズに馴染むのに少し時間がかかったということもある。

お気楽なジーヴスものや、少し読んだだけでたちまち魅了されてしまったブランディングズ城ものとちがって、いつも金に困っていて、友人のモノをくすねたり、壮大な“ビジョン”のもと、常に何かいい(詐欺すれすれだったりする)金儲けのアイディアはないかと考えをめぐらせているユークリッジという人物は、少しアクが強い。

もちろん、いくつか短篇を読んでいくうちに、主人公ユークリッジの支離滅裂な論理や、彼の壮大な(?)構想が結局はもろくも崩れ去るドタバタ劇、怖いおばさんの存在など、ウッドハウス作品共通のパターンのおかげで、だんだんと楽しめるようになってきた。

語り手の「僕」、三文文士のコーキーのキャラクターもよく、彼とユークリッジのコンビはなかなか楽しい。ユークリッジは、ウッドハウスの実在の知人・友人をベースにしているというが、こんな人物が実在していたとは、本当に恐ろしい…。

コーキーのほうはべつにウッドハウス自身がモデルというわけではないのかもしれないが、中には本当にこんなやりとりがあったのかもしれない…などと考えるのは愉快だ。

ペキニーズやらオウムやら、動物が出てくる短篇も楽しいし、胡散くさい叔父さんが出てくる作品も笑える。

常に金に困っていて危機的状況にあるユークリッジのシリーズは、他のものとはちょっと毛色が違うとはいえ、まぎれもなくウッドハウスの作品世界の一部なのだ、と思った。

投稿日 2009/02/22
posted by うたたねねこ at 15:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | イギリス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ブロデックの報告書』 フィリップ・クローデル

ブロデックの報告書』(みすず書房)を読み始めた。

灰色の魂』と同じような雰囲気で、とにかく暗く、重い。今にも雪の振ってきそうな冬空の下で読むのにぴったりといった本だ。
(2009/01/15)

*    *    *    *    *

長篇小説である『ブロデックの報告書』は、ストーリーを忘れないように、就寝前に少しずつ(一章くらいずつ)、必ず読むようにしている。

とにかく、暗くて重苦しいし、語り手の話があちこちに飛ぶので、最初なんだか少し読みにくいな、と思っていたのだけれど、ようやく、なんとなく話の全体像がおぼろげに分かってきた気がする。…とはいえ、これからものすごいどんでん返しがあったりするのかもしれないけれど。
(2009/02/07)

*    *    *    *    *

フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』(高橋啓訳、みすず書房)を読み終えた。

クローデルの作品を読むのは『灰色の魂』に続いて2冊目。

前作『灰色の魂』も、決して明るい話ではなかったが、今回の『ブロデックの報告書』のほうは、もっとずっしりと重苦しい話だった。謎に満ちていて、先は気になるのだが、かといって一気に読むことはできなくて、一日1章とか2章とか、少しずつ読んでいった。そのため時間がかかってしまったが、読んだ価値はあった。内容的にも前作よりさらに深くなっていて、とても読み応えがあった。

タイトルからも想像できるように、ブロデックという名前の主人公による一人称の語り、正確に言えば、夜ごとタイプライターで打つ文章によって、物語は進んでいく。

終戦直後、彼の住む村で、一人の男が村人たちに殺された。その場には居合わせなかったが、たまたま直後に現場に現れたブロデックが、その経緯を説明する「報告書」を書くよう、村長らに命令されたのだ。

なぜ、その男は殺されなければならなかったのか。そしてなぜ、よりによってブロデックが報告書を書くように命じられたのか。そもそも何のための報告書なのかー。

森に囲まれた辺鄙な小さな村での現在と、ブロデックが戦争中に体験した収容所での壮絶な過去の回想が、ときにもつれ合って、ところどころで話が飛び飛びとなる。だがそれこそ、ブロデック自身が混乱している証拠で、彼の心の状態を如実に映し出していると言えるだろう。

ドイツ語風の外国語がゴチック体の謎めいたカタカナで表記されているのも、最初こそ読みづらかったが、彼の語るのが、いろんな言語や文化が込み入って複雑な世界であることを物語っていて、効果的だ。こちらもどんどんと彼らの世界に引き込まれていく。

この本でブロデックが語るのは、極限状態での人間たちの姿だ。狂気にとらわれ、人々を虫けらのようにもてあそぶ人間たち。始まりは、憎悪のためかもしれない。だがその狂気をどんどんと増殖させていくのは、憎しみよりもむしろ、恐怖なのだと彼は言う。

ブロデックの収容所での体験と、彼が命からがら戻ってきた故郷の村で起きた殺人とは、一見、全く別の出来事だ。だが、それらは本質的にはつながっている。どちらも人間の弱さ、恐怖にとらわれたパニックから起こるのものなのだ。そうなると善人と悪人という線引きなども、無意味になるだろう。

…そんなことを考えながら読んだが、まだこの本のすべてを理解できたとはとても言えない。殺されたアンデラーとは、一体、誰だったのか。彼は何を言いたかったのだろうか。謎は残されたままだ。
(2009/02/20)
posted by うたたねねこ at 15:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『吉田健一対談集成』吉田健一

吉田健一対談集成』(講談社文芸文庫)を読み始めた。

まだ徳川夢声、漫画家の近藤日出造との対談を読んだくらいだけれど、この二人とは、冗談ばかり言っていて、あまりたいしたことを話していないような…。これから河上徹太郎、佐伯彰一ら、文学関係の人との対談が続くので、もうちょっと中身のある話を読めるかな、と期待。
(2009年2月9日)

*    *    *    *    *

『吉田健一対談集成』を読み終えた。
が、読んでいてもなんだか、分かったような分からないような感じだった。「あれ」だとか「あの」だとかが多くて、こちらには何の「あれ」だか分からない、という…。

だが、決してつまらないというわけではなく、むしろ面白く読んだのだけれど。(とくに、佐多稲子、池田彌三郎両氏との対談「昔の東京」は内容も分かりやすく、とても楽しめた)

でもまあ、対談なのだから(しかも、かなりお酒も入ってのものだったらしい)、こんなものなのかな、と思う。高尚で難解な、中身のぎっしり詰まった話というよりは、仲間内の酒の席でのリラックスした、肩の凝らない気の利いた会話、のような…。アハハハという笑いが絶えず、なんだかとても楽しそうなのだ。

そんな中でも時々、ハッとさせられるような鋭い指摘があったりして、うーんとうならされたり…。そういうところはやはりさすがだな、と思わされた。
(2009年2月14日)
posted by うたたねねこ at 15:15| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ・評論・ノンフィクションなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年2月の読了本

2月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:1994ページ

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった
ヤングアダルトなど、登場する本や作家の名前は知らないものが多かったけれど、翻訳論の部分は面白く読んだ。翻訳は新しいというだけでも価値があるとか、やはり結局は日本語の力がものをいうんだな、とか、金原さんの考えが分かって興味深かった。
読了日:02月23日 著者:金原 瑞人
ユークリッジの商売道 (P・G・ウッドハウス選集4)ユークリッジの商売道 (P・G・ウッドハウス選集4)
ジーヴスやブランディングズものとちょっと雰囲気が違っていて最初は戸惑ったけれど、何篇か読んでいくうちに、奇天烈なユークリッジという人物にも愛着(?)をおぼえるようになり、面白くなった。いろんなシリーズが読めるようになって、ありがたい、と思う。
読了日:02月21日 著者:P.G. ウッドハウス
ブロデックの報告書ブロデックの報告書
ずっしりと重く、その内容ゆえに時に読むのが辛くなるときもあったが、それでも読んで良かった、と思った。人は、憎悪からではなくむしろ恐怖によって、およそ考えられないような恐ろしい行いをするのだ、ということが、強く心に残った。
読了日:02月19日 著者:フィリップ・クローデル
吉田健一対談集成 (講談社文芸文庫 よD 15)吉田健一対談集成 (講談社文芸文庫 よD 15)
するすると読み終えることができたが、中身は分かったような分からないような…ただとにかく対談している当人たちの楽しそうな雰囲気は伝わってきた。
読了日:02月14日 著者:吉田 健一
井伏鱒二 弥次郎兵衛 ななかまど (講談社文芸文庫)井伏鱒二 弥次郎兵衛 ななかまど (講談社文芸文庫)
文壇仲間との交友や旅のことなどがひょうひょうと、ユーモアある筆致でつづられ、読んでいるうちに親しみをおぼえるようになった。もっといろいろと読んでみたい。
読了日:02月06日 著者:木山 捷平
イタリア 小さなまちの底力 (講談社プラスアルファ文庫)イタリア 小さなまちの底力 (講談社プラスアルファ文庫)
なぜこれほどイタリアに惹かれるのか、この本を読んであらためてその理由が分かった気がする。北イタリアの小さくとも個性的な町々、田園風景、南部のもつ多様性・迷宮性…。とくに南へはまだ訪れたことがないので、ぜひいつか、訪ねてみたいと思った。
読了日:02月02日 著者:陣内 秀信

読書メーター
posted by うたたねねこ at 15:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

『翻訳のココロ』鴻巣友季子


翻訳家・鴻巣友季子さんのエッセイ集『翻訳のココロ (ポプラ文庫)』(ポプラ文庫)を読んだ。

ウェブマガジンなどに連載されたエッセイをまとめたもので、一冊まるごと翻訳論となっている。

翻訳を棒高跳びやマラソン、「あく抜き」など、いろんな事柄に例えた一連のエッセイが冒頭に置かれ、その後は『嵐が丘』の舞台・イギリスへ、それからフランスのワインの産地へ訪れながら、翻訳について考えるエッセイが続く。

その他、最後のほうに柴田元幸氏との対談が置かれている、という構成。

興味深かったのはやはり、『嵐が丘』の新訳をしているころのエピソード。大変な苦労をされたようで、ほとんど“命がけ”(との覚悟)の仕事だったようだ。

特に印象に残ったのは、「古典が時とともにますます新しく豊かになっていく」というくだり。

普通に考えれば、古典がさらに古い作品からインスピレーションを得て書かれているということは理解できるが、その逆…、つまり時代が下ってから書かれた新しい作品たちに影響を受けるということなんてあり得ない、と思うはず。

だが、われわれ「読み手」側から考えれば、『嵐が丘』などの古典を読む時、その後の時代のいろんな作品も読んだ上で、それと比較しながら読むので、それによって古典も「熟成をかさねる」ことになる、のだという。

言われてみると、確かにそうだなあ、と納得させられた。と考えると、私たちが現代のものを含め、これまでのさまざまな時代の作品を読めることは、本当に幸せなことなのかも、と思えてくる。

そして、もう一つ印象深かったのが、柴田氏との対談中にある、柴田氏がオーストラリア人に「シェークスピアを訳せる(状況にある)日本がうらやましい」と言われた、とのエピソード。

海外の文学を読んでいると、翻訳で読まなければならない状況をもどかしく思い、「いつかは原語で読みたい」などと思ってしまう。

だが、例えばシェークスピアなら、英語圏の人々にとっては原文という一つのテキストしかないが、逆に日本などでなら翻訳によって新しいテキストが作れるじゃないか、というのだ。

確かにこれまで、いろんな海外文学を読む上で、翻訳ならではこそ、というような、豊かな日本語にも触れてきた、とは思う。けれど、「翻訳が必要な状況」が逆に「うらやましい」と思われ得るなんて、と目から鱗の落ちる思いだ。

全体に、軽い気持ちで読める肩の凝らないエッセイが多いが、やはり、翻訳の世界というのは本当に深いのだなあ、という気持ちを新たにさせられた。
(2009/01/08)
posted by うたたねねこ at 13:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ・評論・ノンフィクションなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年1月の読了本

1月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1356ページ

ガリマールの家―ある物語風のクロニクル (ちくま文庫)ガリマールの家―ある物語風のクロニクル (ちくま文庫)
パリのガリマールの家への滞在という希有な体験、プルースト、ネルヴァルゆかりの地への訪問や、人々との交遊などを回想しながら紡がれた「物語風」エッセイ。登場する固有名詞は知らないものばかりだったけれど、ただただうっとりとしながら読んだ。いつか『失われた時を求めて』を読んでから再読したい。
読了日:01月30日 著者:井上 究一郎
天野忠随筆選天野忠随筆選
何でもない、「日常茶飯事ばかり」をつづった随筆を、たっぷり堪能した。年を重ねていくにつれ至った境地のようなものも感じられ、味わい深かった。
読了日:01月25日 著者:天野 忠,山田 稔
秘密のおこない秘密のおこない
日々のちょっとしたことがらを心に留め、木々や鳥や虫などといった生き物たちにじっと目を凝らし、耳を澄ます…。詩人ならではの繊細な感性で、日常が丁寧にすくい取られていて新鮮でした。書評も多く収められており、楽しく読みました。
読了日:01月16日 著者:蜂飼 耳
翻訳のココロ (ポプラ文庫)翻訳のココロ (ポプラ文庫)
翻訳を棒高跳びや“あく抜き”に例えたり、ワインを飲みながらwineをどう訳すか悩んだり…。翻訳に関するいろんなエッセイが詰まっています。とくに『嵐が丘』翻訳中のエピソードや思いをつづったものが興味深かった。
読了日:01月08日 著者:鴻巣 友季子
荷風随筆集 下    岩波文庫 緑 41-8荷風随筆集 下  岩波文庫 緑 41-8
自伝的なエッセイも多く収録され、荷風の文学を理解する上で助けになりそうです。
読了日:01月07日 著者:永井 荷風

読書メーター
posted by うたたねねこ at 13:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

2008年12月の読了本

12月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:1433ページ

単線の駅 (講談社文芸文庫 (おE3))単線の駅 (講談社文芸文庫 (おE3))
日常生活や身近な自然をつづったものから文壇の話題、文明批評まで。いろんなエッセイを読むことができました。
読了日:12月25日 著者:尾崎 一雄
優雅なハリネズミ優雅なハリネズミ
結末には確かに「なぜ?」と思ったけれど、でもそのためにかえっていろいろと考えさせられた気もする。著者の他の作品も読みたくなった。
読了日:12月21日 著者:ミュリエル・バルベリ
ユリシーズの涙ユリシーズの涙
古今東西の文学作品や歴史に登場する犬たちををめぐる、知的なエッセイ集。さまざまな犬と人間のエピソードを堪能しました。
読了日:12月16日 著者:ロジェ グルニエ
パリを食べよう (知恵の森文庫)パリを食べよう (知恵の森文庫)
こぐれさんが実際に食べた料理やお店の雰囲気を、イラストを交えて紹介。主観も入っているし、古くなってしまった情報もありそうだけれど、パリの生の雰囲気が伝わってくる。
読了日:12月13日 著者:こぐれ ひでこ
カーヴの隅の本棚カーヴの隅の本棚
海外文学や翻訳について、ワインになぞらえつつ論じたユニークな本。ワインの醸造についてあまり知識がないので少し難しかったけれど、ワインと「翻訳」に通じる部分があるなんて、面白いと思った。
読了日:12月10日 著者:鴻巣 友季子
図書館愛書家の楽園図書館愛書家の楽園
世の中のすべての本を集めようという壮大な試みから、ロバの背に乗った移動図書館、個人の書斎、あるいは空想上のものまで、ありとあらゆる図書館が登場する。とてもスケールの大きい、本好きにはたまらない本でした。
読了日:12月07日 著者:アルベルト・マングェル
posted by うたたねねこ at 23:23| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月25日

『優雅なハリネズミ』ミュリエル・バルベリ


相変わらずいろいろと併読しているが、主に家ではミュリエル・バルベリ『優雅なハリネズミ』(早川書房)を読んでいる。

ちょっと風変わりな物語だけれど、やはりフランスの小説だけに、いかにもフランスらしいシニカルさやエスプリも感じられて、なかなか面白い。

お金持ちばかりが住むパリのアパルトマンの管理人・ルネの日常と、そのアパルトマンに住む、聡明だけれど自殺願望がある12歳の少女の日記が、交互に展開されていく。

二人とも、人生とか、美とか、哲学などといったことに興味があり、年齢も境遇も全く違う二人の考えることが不思議と重なり合っているのが面白い。

だが、今半分を過ぎたあたりだが、実際の生活においてこの二人の接点は、なかなか現れてこない。けれど、謎の日本人、オヅがアパルトマンに越してきてから、物語に動きが出てきたので、これからどうなっていくのか、楽しみだ。
(2008/12/21)

*    *    *    *    *

数日前、『優雅なハリネズミ』(ミュリエル・バルベリ/河村真紀子訳、早川書房)を読み終えた。

パリの高級住宅街の、50代のアパルトマン管理人の女性の物語と、そこに住む12歳の少女の日記が交互に展開する…という構成に、ほんの最初だけ、物語に入っていくのにちょっと戸惑ったが、すぐに慣れ、読んでいくうちにどんどん引き込まれていった。

特に、管理人の女性は魅力的だ。学歴もなく知識もない貧しい管理人という“鎧”をまとって、普段は黙々と仕事をこなしているが、実際は知への憧れに満ちていて、書物を愛し、人間観察力にすぐれている。

一方、少女のほうも、豊かで社会的地位に恵まれた両親をもち、何不自由ないように見えるのに、家族をはじめ周りには理解者がおらず、すでに人生を醒めた目で見ていて、自殺をしたいと考えている。

だが最初は、どうしてこの二人なのだろう、と思った。たしかに聡明で知的、哲学的なことに興味を持っているところなど共通点はあるのだが、年齢も境遇も違いすぎ、同じアパルトマンに暮らしているにもかかわらず実生活でもほとんど結びつきがない。

けれど、アパルトマンに新たな住人、オヅという日本人がやってきて、二人を結びつけ、彼女たちも徐々に変わっていく…。

ストーリーには少し出来すぎだったり、あるいは無茶にも思える部分もあるけれど、そういった部分にはあまり目くじらをたてずに、ファンタジーとして素直に楽しめればいいのかな、と思う。

著者自身が日本が大好きで京都に移り住んだというだけあって、日本や日本人への過度にも思える賛美にはちょっとくすぐったいところもあるけれど、二人の女性の哲学的な考察や、フランス社会へのシニカルな指摘は、非常に興味深かった。著者の他の作品ももっと読んでみたい、と思った。次作は日本を舞台にした小説になるようだ。
(2008/12/25)
posted by うたたねねこ at 15:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『図書館 愛書家の楽園』アルベルト・マングェル

アルベルト・マングェル『図書館 愛書家の楽園』(野中邦子訳、白水社)を読み始めた。

まだ50ページあまり読んだだけなのだが、冒頭から、本への愛があふれる言葉の数々に、魅了された。

実現可能性があるかないかは別として、いつか、壁一面(二面、三面?)を埋め尽くすような本棚のある書斎が欲しい、と思っている身としては、「神話としての図書館」の章にある著者の書斎を含めた書斎、図書館の写真にうっとりさせられた。

その後、アレクサンドリア図書館やさまざまな本の分類法などのエピソードに移るのだが、こうした本にまつわる蘊蓄も、読んでいて楽しい。

本が好き、というわりにはこうした図書館学的な知識に精通しているわけではないので、いろいろと勉強になりそうだ。
(2008/11/24)
 
*    *    *    *   

数日前、『図書館 愛書家の楽園』(アルベルト・マングェル/野中邦子訳、白水社)を読み終えた。

本が好きで(読むよりも買い集めるペースのほうが早いが)、自分の書斎(のようなもの)がいつか欲しいなあと思っているので、この本を読んでいるのは至福だった。

冒頭では著者の書斎やその他理想的な書斎が出てくる。好きな本だけ集めた書斎、主だけに分かる文脈で並べられた、迷路のような図書室。世界中のあらゆる本を集めようとする試み…。

だが、この本はそうした幸福なイメージの図書館や書斎だけを描くものではない、ということがわかってくる。

戦火の下での図書館や、権力者たちにとっての“不都合な”本に対する検閲や焚書、強制収容所での“図書館”など、この本は本や人類にとって苦難の歴史も多く登場する。

そして、取り上げられる図書館は形をもつものばかりではない。ボルヘスら作家たちの頭の中にだけある本や、さまざまな文学作品に見られる空想上の図書館なども出てくる。これらは実在しないだけに、さらに垂涎の存在となる…。

図書館に関するありとあらゆるエピソードを詰め込んだ、悲しい部分もあるけれど、やはり至福の一冊だった。

(2008/12/09)
posted by うたたねねこ at 15:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ・評論・ノンフィクションなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

『幻影の書』ポール・オースター

ちょっと時間はかかってしまったけれど、ポール・オースター『幻影の書』をやっと読了した。

このところ、『ミスター・ヴァーティゴ 』 (新潮文庫)や『ティンブクトゥ』(新潮社)などちょっと雰囲気の違った作品が続いていたけれど、この『幻影の書』は久しぶりにオースターらしさ全開の作品だった。

大学教授のデイヴィッドは人生で最悪の事故の後、すさんだ日々を送っていたが、ある夜、テレビでサイレント映画を見て久しぶりに笑うことができた。その映画はヘクター・マンという人物の監督・主演。その名前に聞き覚えはなかったがそれは当然で、半ば忘れられていた存在だったという。

何か事故のことを忘れて夢中になれることを探していたデイヴィッドは、マンのすべての映画を見ようと、アメリカだけでなくヨーロッパへ飛ぶ。そしてマンについての本を上梓するのだが、ある日、マンの妻だという人物からの手紙が舞い込み…。

オースター作品にはよく、登場人物の精神修練のための修行の日々を描いた場面が出てくるのだが、この作品でもデイヴィッド、そしてヘクター・マンの、それぞれの“修行”が出てくる。

自分で課したノルマ、そして罰として禁じたことを忠実に守り、厳しく禁欲的な生活を送る。こうしたことで、徐々に自分を取り戻したり、あるいはこれまでの自分とは全く異なる人間になろうと試みるのだ。

オースターの特徴のもう一つに、物語の入れ子のような構造があるが、この『幻影の書』にもそれはある。デイヴィッドの人生の中に、ヘクター・マンの映画、そして人生の物語が入り込んできて、デイヴィッドにまでも影響を与える…といったような。

この本ではこうしたオースターらしさが存分に堪能できた。

オースターらしい、といえば、映画の話が中心になっている、ということもある。これまでに何本もの映画製作にかかわっている彼ならではの、映画の詳細な生き生きとした描写が楽しめる。

ストーリーのほうももちろん、「いったいこれからどうなるんだろう?」という疑問や、新たな展開が次々に出てきて、息をつかせない。痛切な部分も多いが、救いもある。物語を読む楽しさを堪能できた。

投稿日 2008/11/21
posted by うたたねねこ at 12:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『未見坂』堀江敏幸

すでに数日前のことになるけれど、堀江敏幸『未見坂』(新潮社)を読み終えた。

本当に、『雪沼とその周辺』(新潮文庫)のような雰囲気の短篇集だった。

『雪沼〜』ほど、一連の短篇が明確に「連作」であるとは感じられなかったが、それでも読んでいるうちに時折、既読の地名や固有名詞が出てくるようになり、同じ地域、町の物語なのだな、というのがうかがえる。都会ではなく(むしろ地方?の)小さな町に暮らす、普通の人々の暮らしを描いているという点では、『雪沼〜』と同じような世界だ。

主人公は、少年だったり、母親世代の女性だったり、小さな商店を営む中年男性だったり…とさまざま。一見、地味で平凡にも見える人々だが、もちろん、それぞれにさまざまな事情を抱えている。そしてそれは、当人や家族にとっては大問題だし、その小さな町の、古くから住んでいる人々の間では周知の事実ともなっている。

そんな、近所の人々や商売で付き合いのある人、親世代からの知り合い、かつての同級生…などなど、いろんな人々のつながりが、この短篇集では描かれている。

都会では今となっては失われてしまったもので、現代社会で自由に生きていくには、ちょっと鬱陶しいところもあるが、困っている時、弱っている時には助けにもなったりする。

地縁、血縁のある人々との濃厚なつながりを決して全面的に賛美するわけでもないのだけれど(というより地元を離れて長い自分は、そういう生活にはもう戻れそうにない…)、この短篇集を読んで、いい面も悪い面も含めて、こういうものが人間の生活には本来あったものなのだな、と思わされた。

投稿日 2008/11/10
posted by うたたねねこ at 12:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

11月の読了本

11月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:966ページ

幻影の書幻影の書
期待どおり、やっぱり面白かった。映画の話でオースター節もますます冴え渡っているような気がしました。
読了日:11月20日 著者:ポール・オースター
未見坂未見坂
普通の人々の一見なんでもない、でもそれぞれに事情を抱えながら暮らしている日常が、丁寧に描き出されています。
読了日:11月05日 著者:堀江 敏幸
自分の羽根 庄野潤三随筆集 (講談社文芸文庫)自分の羽根 庄野潤三随筆集 (講談社文芸文庫)
身の回りの出来事、文学の話、友人・知人の話…魅力的なエッセイがぎっしり詰まった一冊です。
読了日:11月01日 著者:庄野 潤三
posted by うたたねねこ at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

10月の読了本

10月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:823ページ

庭にくる鳥 (みすずライブラリー)庭にくる鳥 (みすずライブラリー)
率直で親しみやすい文章ばかりで、人柄がしのばれるようでした。
読了日:10月15日 著者:朝永 振一郎
クロワッサンとベレー帽―ふらんすモノ語り (中公文庫 か 56-8)クロワッサンとベレー帽―ふらんすモノ語り (中公文庫 か 56-8)
フランスのいろんなモノにまつわるエピソードや、語学についての話が楽しいエッセイ集でした。
読了日:10月05日 著者:鹿島 茂
停電の夜に (新潮文庫)停電の夜に (新潮文庫)
久しぶりの再読。鮮やかな色彩、人々のざわめき、様々な香り…など、生き生きとした描写にうなりました。
読了日:10月03日 著者:ジュンパ ラヒリ
posted by うたたねねこ at 15:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読了本まとめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。